上のものほど新しい作品です。





短歌 2008.8〜



暖をとる季節に窓の内にいてベランダのこちら側に降る雪


こぼれゆくものとこぼれぬものとあり雨はいつまで地上に注ぐ


別れって、まるで読点 句点から振り返ったときやっと知るんだ。


優しさの手加減をする優しさが自分に優しくなくてよかった


今日ばかり会いたいなんてなんとなく喉が渇いたポカリがほしい


足元がぐらつくだけで縮み込む程度の恋ではないはず、なのに


真っ当な好きはいらない君だけの言語が欲しいから抱きついた


手放した記すべき日は特になく重くならずに済むカレンダー


新しい星が欲しくてスプーンで地表を削り取っても地球


想いつつ買ったセーター目に入れる痛み知りつつ新しきブラ


雨は今 地上に向けて抱きとめて欲しいと願う女優のように


一緒にと願う二度目のお祭りが今年も通り過ぎてドドドン


かえるくんの詠みける
かきごおりメロン味だけ売れなくて僕の背中の色を見てみる


かみさまのやさしさなんだ雨粒のぼくらにちょうどいい大きさは


私には同じものなく鉛筆の真ん中つらぬく芯は空指す


才能も何もないけどただ僕は今息をするそれだけでいい


手作りのおにぎりにおける必然と同じかおりがする水たまり


ニュースから泣き声がしない今日もまた箸の先っぽ木の味がする


外にいる子らにも風は吹いていて涙をかたどる涼しき表皮


織姫の落とした星の一粒を分けてもらって今日会いに行く


彦星の願いを待ってゆっくりとホタルは流れ星となり舞う


年齢を脱ぎ捨てて今長靴を履いて探しに行く水たまり


この風は僕の元まで来てくれて撫でたら去り行く優しい人だ


最小の単位で夏がここにある歯をプチトマトに立てる瞬間


たぶんこの風は飛行機より高いとこで生まれてこの部屋に来た


湿り気の先に朧な生きるもの予感していて鼻曲がりゆく


感情にシャッター降ろす勢いで地球に素直に落ちる五月雨


ぼくの持つ正直も嘘も世界へのアトピーになるこの生きにくさ


送信済メールをチェックすることとリンクしている「なじめなさ」かな


空に雲 川に水草 地に私 流れてくのも悪くないかも


アトピーを髪一本が撫で摩る風よ狂うな日ノ本の春


完全な貝殻になった恋もまた沖の記憶を響かせていく


パソコンもこんな気分か目覚め後のロード時間は夢が0%


助手席でゆれる右肩半分が恋の在りかを訴えている


明るめの洋楽ロックでかき混ぜる濁った明日が来る時間帯


藍色の絵の具一滴染み渡る薄暮の中に迫る朝星


星の出る時計盤にて<という記号見慣れたネルボンと水


思ってもいない言葉をコピペする生き方マニュアル違反したいな


弱さしか持ち合わせてないボクにでも文字なら書けるような気がした


弱さしか持ち合わせてない僕こそが文字を書くことできるんだろう


玉ねぎを切ってるんだし「泣きたい」と言っても何の問題もない


冷えていく指先 開け放たれた窓 空の結果は今ここにある


湯剥きしたトマトの皮を捨てながらリアルな肌に戸惑っている


網戸から星の光源漏れた気がして夢になる夏の虫たち


夏はもう便りを書くか涼しさは洗面台のここのみに立つ


もし仮に微々たる期待持ったとてタマゴの中身は黄身と白身だ


コンタクトごしの世界を綺麗だと口にしてから止まる考え


認められないのは逃げ道探しだろう「八割くらい好きかもしれない」


戯れに絡めんとする指先が空振りをする場所にあるもの


雲のない四月のせいでまっすぐに墜ち来る黒きかたまりの謎


すれ違う数だけ風が高くなる対向車線を駆ける二輪車


玉ねぎを最深部まで剥いたときブラックホールと匂いだけだった


味の薄くなりつつあるガム噛みながら脳内惑星数を数える




 世界一広い私を求む水 もつれぬように  あとずさる   あし

 足裏の躊躇は波に溶かされてまたひとかけら自然にかえる

 踏み出した足の指だけ模ってそれすら隠滅する波の色

 満ち引きの波マーブルに渦巻いてハラワタに帰す万有引力

 潮風に靡く砂さえしとやかに土となるらしさざ波の下

 ふと砂に平面でない影見つけアイデンティティーの確立を知る

 うたをまた見つけた海の帰り道潮風に押され駆け足をする




鉄骨を覆うシートの靡きさえ春の手つきにほだされている


頭だけ屋根から覗く木の正体桜だったと知るときの空


ものすごくキレイに横に習えしておとなしい車数台がある


花篭り

 陽に惑い空の下(もと)来て見下ろせばうつつの世界に花の眩しさ

 ベランダに久しい太陽浴びながら風の柔さと季(とき)の鋭利よ

 陽の中に淡き色したかたまりの木の枝に纏う一時の夢

 *

 一身に街の視線を浴びようと昼夜色付く憎き桜よ

 時と人移り変わると知りつつも花にも遂に置いて行かれぬ

 あまりにも気持ち良さそうに突き抜けた空に悪態つきたい雨漏り

 何よりもどうにもならない太陽に裏切られたと思う末の日

 罪のない晴れた空さえ理不尽に私に恨み買われてるんだし

 *


弟へ

 今までは埋まってた部屋の存在感 明日(あす)からあそこは穴になるのか?

 この場所でこの年齢でこの距離で流れる最後の夜滞る

 ここを出て、君は世界の輝きを浴びて自分を叫んできなさい

 今までは色々ごめんねお姉ちゃんあんたが大好きだったみたい

 次に会う時には互いに歳を取りやわらかな笑顔見れますように

 *


春眠暁をなんたら
アイラブユー予測変換一度打ち ユーを消し去り睡眠と入れる


想われるぬるま湯の中でいつの間に私ばかりが煮えつつあります


眠り気の落ちて来ぬ朝不快なる胸中小鳥の知る由もなし


私発、急行「思い出」発車します。終着駅は焼却炉です。


きずとけしごむ(五首)

 降り積もる君の吸いがら我が傷と同等なのか推し量る今

 「傷つけた」君の言葉を全否定すればいいのにふと爪が立つ

 置いてきたはずの涙が浮き帰り「まだだめなんだ」と思考する脳

 気付いたと伝えたいから「傷つけた」と相手に放るは奇妙だろうか

 焦げた傷消えないと知った今なのに君に言うべき消しゴムを探す




ハンドルの回転の横で寝そべれば 天動説を信じたくなる


押してだめなら引いてみろと言った人、オートロックはどうしたらいい?


不幸かと問えば首振る自分いてスモッグ吸い込み咳き込む日々とは


薄紅のポップコーンが木の枝に静かに実り春ははじける


お日様が笑顔になるとなんとなく肩身が狭いネガティブ思考


事務的な郵便が来て「ああ私知られてるんだ、ここにいること」


饅頭に焼き埋められた店名のように消えない君をください


昔のこころあれこれいじり倒しつつ事実と違ってくる改良作


春分の日だね何年経ったかな。何の記念日? 忘れちゃったよ


久し振り妃野ちゃん今度帰るよとメールのいくつか散るふるさとの春


希望をも諦めに変える天才の心に何をぶらさげる? 僕は


アイロンが通って熱を入れる様に私のしわくちゃ正す君 すき


布団からのそりと起きてカーテンと涙の向こうの垂れる夕焼け


しゃがみこみソーダのビンを額当て海は世界の上にきらめく


君の矢が突き刺さりました反撃は抜くのにてこずり出来ていません


風呂上がりラクトアイスを飲みながらベランダのかぐや五と七を編む


君の口、目と指先が血と肉になって私のうたは産まれる


好きになる人と好きになりたい人と一致しないのに回ってる地球


いつものやつ切れていたからバラの香で洗ってみたけど明日(あす)は君なし


デニムからのぞく足首となりに座る私からしか見えないんだろう
(短歌研究社『短歌研究11月号』うたうクラブ穂村弘選)


外したいけれども解けぬ三十一(みそひと)の妖しき枷は身の崩る間も